春先のエゾノギシギシ
エゾノギシギシは、北海道で初めに見つかったので「蝦夷の」と頭につきます。北国に多い日本の植物のような名前ですが、明治の終わり頃にヨーロッパからやってきた外来植物です。
ところで、今から50年ほど前の話ですが、私の家は、裏庭にヤギとニワトリを飼っていました。物心がついてまだ数年という頃の話なので、おぼろげな記憶しかないのですが、祖母が「しなと」という名前の植物の葉を刻んで彼らに与えていたのを覚えています。今から思うとこれはギシギシのようです。
ギシギシ
大人になった私は、この時の思い出と同じ仲間のスイバが食用にされているという知識から、エゾノギシギシも動物のえさになると勝手に判断して、しばしばウサギに食べさせていました。エゾノギシギシは、どこにでもあるので、重宝していた面もあります。ところが数年前に調べてみると、このエゾノギシギシには、ギシギシなどにはない成分があって人も食べないし、動物も嫌うのだとありました。どうやら、ウサギたちには大きな迷惑をかけてきたようです。「ごめんなさい。」と謝っておきます。
エゾノギシギシは、ギシギシに似ていて北海道で確認されたので、エゾノギシギシ、あるいは、葉がギシギシよりも広いのでヒロハギシギシと名付けられました。
葉が広いことも特徴ですが、葉の中央にある主脈が赤く染まるのも大きな特徴です。一目で見分けることができます。中には、赤く染まらないものもありますが、葉の裏を見ると脈の上に白い毛があります。主脈にも側脈にも毛が生えています。この毛の多さがエゾノギシギシの特徴です。葉の裏に毛が多くあればエゾノギシギシと思ってまず間違いないでしょう。
主脈が赤くないエゾノギシギシの葉。
上の個体の葉の裏側。マダイオウも同じように毛が生えるらしいが、2012年現在、兵庫県では1個体しか確認されていない。
果実にも特徴があって、まるで大きな種が入っているように中心部がふくらみます。この特徴は、ギシギシもエゾノギシギシも同じですが、エゾノギシギシには、ギシギシにない針状の突起が見られます。
これはエゾノギシギシ。ギシギシは針状にならずに波打つような感じになる。
エゾノギシギシは、外来種としていろいろな問題を起こしています。
一つは、旺盛な繁殖力で在来の植物の生育を妨げるという問題です。酪農家には牧草地の牧草の生育を妨げるという直接的な被害を及ぼしています。
二つ目は、遺伝子汚染です。よく似た仲間の植物(スイバ属(学名Rumex))と交雑を容易に起こすのです。希少なキブネダイオウやノダイオウとの交雑がすでに報告されており、雑種化により純粋なキブネダイオウやノダイオウが失われて、絶滅してしまうのではと心配されています。
兵庫県には、この仲間の希少種としては、ノダイオウ(Cランク)とマダイオウ(Aランク)の生育が知られています。どちらも但馬を中心に生育します。
写真の植物は、主脈が赤いのでエゾノギシギシを思わせます。(ノダイオウも赤くなることがある)葉の大きさはノダイオウのほうが近いようです。
巨大な葉で、赤の出方もエゾノギシギシとはちょっと雰囲気が違うようにも思える。
葉の裏に毛がないので、これはノダイオウです。
わずかに毛があるようにも見えるが、ほぼ無毛。
果実の縁には針のような突起があり、中央にふくらみがあります。これは完全にエゾノギシギシです。
どう見てもエゾノギシギシ。
この植物は、ノダイオウとエゾノギシギシの特徴を併せ持っているので、両種の雑種だと思われます。トガマダイオウという名前が付けられています。兵庫県で初めて確認された個体だと思われます。香美町村岡区の小川のほとりです。
葉の左後ろに写っているものは、ノダイオウの姿をしています。しかし、100%ノダイオウの遺伝子かどうかは疑わしいと思っています。
おまけ
私は「しなと」という植物方言を本文に書きました。この方言は、植物種2000種、植物方言名40000を収録する八坂書房の『日本植物方言集成』に収められていません。同じくミソハギを意味する「しゃありゃあ」もありません。
但馬の植物方言(実は、但馬などという大きな話ではなく谷が違うともう名前が違うかも知れません)は、記録する前に失われる可能性が高いと心配しています。失われる前に子どもたちが夏休みの自由研究でひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんから聞き取ってくれるとありがたいと思います。また、この但馬情報特急で植物方言を集めることができるといいなと思っています。