2015年5月23日の朝、出勤途中に百合地地区の水田で見たソデグロヅルが、私の最後の観察となりました。写真はその最後の撮影カット。
翌朝、お隣りの国府の田んぼで目撃されたのを最後に、豊岡盆地からいなくなってしまったようです。この珍しいツルの滞在記録を、短く振り返ってみます。
2014年10月22日午後、円山川大磯地区・左岸河川敷で飛来確認されました。写真は初認日の翌日の様子です。同じ場所に留まっており、警戒心の弱い鳥であることが、この時点から感じられました。
おそらく北極圏のツンドラ地帯でその年に生まれた幼鳥は、越冬のために中国に渡る途中、親鳥からはぐれて日本に迷い込んできたものと推測されました。ツルの幼鳥は、茶色い幼羽が特徴です。
飛来日より、ソデグロヅルはコウノトリに明らかな興味を示し、繁殖期に入った百合地巣塔のコウノトリペアにも一目置かれるようになりました。巣塔の下でねぐら入りしたり、一緒に餌採りをする行動が観察されました。
姿が似ている者どうし、通じ合うものがあったのでしょうか。その年の巣立ちビナを事故で亡くしたコウノトリペアと、親からはぐれてひとり迷いこんでしまった幼いツルとの間に、お互い何か惹かれるものが存在していたのかもしれません。
雪の年明けになりました。ソデグロヅルは雪に埋もれた田んぼで餌採りに苦労していましたが、別の場所に移動しようという気は無いようでした。大型の鳥なのに、結局、六方田んぼという限られたエリアから出ようとしませんでした。
春が来ました。ソデグロヅルの姿が日ごとに白くなってゆきます。茶色の幼羽が抜け替わる時期になったのです。田んぼの畦で、足元の草をくわえては、ダンスを繰り返すようになりました。幼いながらの、本能的な繁殖行動の現れだそうです。
5月の晴れた日、上空を飛ぶコウノトリを追いかけて、高く高く昇ってゆくソデグロヅル。渡りの本能に導かれて、このまま北に向かって飛び去ってしまうかと思いましたが、しばらくして同じ場所に戻ってきました。
5月後半、田植えが本格化し、人や機械が田んぼを行き交うようになり、ソデグロヅルもいよいよ居づらくなってきた頃、こつぜんと六方田んぼからいなくなってしまいます。それが5月23日のことでした。飛来からちょうど7ヶ月間、六方田んぼに長逗留したことになります。
生まれ故郷の北極圏へ向かって、ひとり長い旅に立ったのかとセンチメンタルな気分に浸っていたところ、島根県出雲市からソデグロヅル幼鳥の目撃情報が届きました。出雲市の斐川平野で5月27日の夕刻、飛来が確認されたとのこと。写真と状況判断からみて、豊岡での越冬個体が出雲に移動したことは間違いないと思われます。北に動いたのではなく、日本海沿岸を西に移動したのでした。
ツルの研究者に聞いたところ、この幼鳥が単独で生まれ故郷に帰ることはないだろうとのこと。当年生まれの幼鳥は親と一緒に越冬地へ移動し、春になって再び一緒に生まれ故郷に戻ったあと、子別れが行われるとのこと。単独で日本に迷い込んだ幼鳥にとって、故郷へ帰る方法を教えてくれる者がいないのです。このまま夏を越し、冬になって別のツルたちに出会ったら、その仲間たちと一緒に北へ向かうことができるかもしれません。これからどんな運命が待っているのか、いずれにせよ、幼いソデグロヅルにとっては大きな試練です。生き抜いて欲しいと願うばかりです。
写真・文 コウノトリ市民研究所 高橋 信